文化祭

当日まで実行委員として精力的に活動しようしようと思って、ほとんどを他人任せにしていた。実際に自分ひとり居なくてもコトはスムーズに、つまずくこともなく、あらゆる問題は適切に片付いていた。時間がありすぎて嫌になって家から寝袋でも取ってくるかなという気になった。同じ委員のKさんに、それを伝えることにした。結局は自分の存在を確認させたいという意味だったのだけど。廊下でKさんを呼び止める。彼女は背はそんなにないのだけれど、すらりと長い足が際立っていてとてもスタイルがよく見える。たぶん何を着ても似合うのはこのタイプの人間なんだろうと思う。こちらを向き直ったKさんが僕を見咎めるといきなり激怒した。どうやら僕がフラフラとしている間に、大仕事、力仕事、肉体労働、それに近いなにかがあったらしい。もちろんKさんはその中身についての説明よりも僕が責任を果たしていないことを詰ることに集中していた。「で、なに?」息をついてこう問うてくれた。僕は謝罪せずに寝袋の旨を説明すると、「そう、じゃあ紙粘土も買ってきて」と言って鋭い目つきで一瞥してからスタスタと教室へ戻っていった。


僕は家に帰って寝袋を探していると、母親があんた今日は帰ってこないんじゃなかったのと聞いてきたので、また戻るんだと生返事をして物置をかき回してみたのだけれど、途中で面倒になって寝袋なんかどうでもよくなった。Tシャツを替えてから、すぐ家を出て自転車で街の文房具やへ向かう途中に幼馴染のSと偶然あってSのバイト先のとんかつ屋で飯を食べてから、ゲーセンでボーリングをして、またとんかつ屋に戻ってバイト仲間と話していたら9時を過ぎていたので、学校へ戻ることにした。


教室にKさんが見当たらないのでどこへ行ったのか聞いたのだけど、誰も知らなかった。誰も手がかりひとつ持っていなかった。僕は紙粘土を持っていなかった。彼女は行方不明だった。それは一っときではあるかもしれないけれど、彼女に関わる人の誰もがその行方を知らないのだから。僕は、捜索しなければいけない。そして発見し、悪事に巻き込まれているとしたら救い出さなければいけないのだ。まずは靴箱のロッカーを一つづつ開け確認することにした。5,600は在るので終わる頃にはいい時間になっているだろうと考えて。


10分もしないうちに嫌気がさして、L型校舎端のグランンドの木立とに挟まれた小道に向かった。タバコを吸うには丁度よく結構大勢が利用しているので、吸殻だらけになっていてグラウンド・ゼロ、爆心地と呼ばれていた。月明かりに照らされて、細身の影と赤赤とした玉、そしてヤニの香りがする。こんばんは、と誰か知らない影に向けて言った。影はもとのまま動かない。ぼんやりとしたシルエットは足の長いKさんにそっくりだった。「Kさん?」呟くように尋ねると、「うん」と心なしか寂しそうな返事が返ってきた。「とってきたの?」「いや、面倒だからやめた」「粘土は」「忘れてた」「そう」それから少し間があった。僕はタバコに火をつけて一息に吸い込むと思いっきり咽た。彼女が「大丈夫?」と言って、木立の合間から見えるグラウンドの方を向きながら、「T君、進路決めた?」唐突だったのでイヤとだけ返すと「私は大学行かないんだ、で、就職もしない」そう言ってから、まだ火のついたタバコをグラウンドの方へ放り投げた。僕も彼女もその方をじっと見つめた。「お姉ちゃんは就職してその会社で知り合った人と社内結婚してもう子供がいる。不満もないみたい。」「でも私はそういうの嫌なんだ。とりあえず旅行に行くバックパッカー、タイのアンコール㍗見てくる」僕は黙って聞いていた。タイで会いタイねと何度か繰り返して彼女の反応を伺っていると、小走りに走ってきたKさんが蹴りを入れてきて「ほら、いくよ!」とカン高い透き通る声が、グラウンドを裂くように響いた。